応援団2レビュー記事。

 DSゲームレビュー「燃えろ! 熱血リズム魂 押忍! 闘え! 応援団2」(GAME Watch)

 非常に詳細、かつ“愛”を感じさせるレビュー記事です。熱血ラブですよ!

 応援団の応援によって幸せをつかんだ彼らの姿を見たとき、その応援の難易度が高ければ高いほどプレーヤーにも大きな達成感を与えてくれる。そこで気づくのだ、誰かを応援し、その成功を一緒に喜ぶことこそが“愛”なのだと。

 そう、このゲームの根底には“愛”というテーマがあり、またそこら中に溢れているのだ。

 筆者は前作の発売時、今の時代には到底受け入れられないだろうバンカラ姿のキャラクタたちを見て、このようなゲームが多くのユーザーに受け入れられるだろうかと危惧した。一度プレイしてもらえばその本質が「ゲーム」にあることがわかってもらえるだろうが、見た目そのままに判断すると「押忍! 闘え! 応援団」は俗にいうバカゲーなのだ。そのノリを到底受け入れられないユーザーもいるだろうが、このバカさこそを好み、支持するユーザーもいる。

 そう、かく言う私もこの切ないまでの熱いバカさを支持し、また愛しているのだ。

 すでに語ったように、本作は各楽曲ごとにエピソードが用意されているのだが、それらのストーリーは曲の内容にマッチしたものとなっている。このため、登場人物を幸せにするために応援を頑張れば頑張るほど、そのキャラクタたちへの感情移入が高まり、曲自体への思い入れも強くなるという相乗効果がある。曲とストーリーが合わさることで、始めは「あまり好みじゃないな」と思っていた曲でも、プレイ後には「そうか、そういう思いが込められているのか。いい曲だな」という感想を持てるのだから、不思議だ。

 お陰でボクは日に何度もサンボマスターの「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」を聴く様になり、一日中頭の中をリフレインしているんだ。そう、マーカー付きのイメージで。

 最後にきわめて個人的な感想を一つ。このレビューの読者の中には、ゲームを遊ぶことによってストレスを発散している人もいるかもしれない。「応援団2」で得られる達成感は、ストレスの発散にぴったりだろう。
 だが、「応援団2」の価値はそれだけではない。一通りプレイした後、考えてほしい。ゲームの中の登場人物たちは、応援団の応援によって救われてきた。しかし、プレイ中の応援団は誰に顔を向けてエールを送っていたのか。ゲームを操作するプレーヤーに対するエールだったのではないだろうか?

 人間生きていれば、どうにもままならないことがあるが、その鬱屈としたものを抱えてでも、生きていかなければならない。時には応援団を呼びたくなる時があるかもしれない。そんな崖っぷちの状況でも頑張る意味を、「応援団2」は教えてくれるかもしれない。

 うぅ、たかがゲームの、それも応援団のレビュー記事で生きる勇気まで貰えるなんて……。著者さま、ありがとう。